月夜見 
“春に時雨の雨宿り”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  


グランドジパングは極端な南や北の藩ではないので、
一年を通じてそれぞれにめりはりのある春夏秋冬、
四つの季節が巡る土地でもあって。
襟足や足元を吹き抜ける寒風に、
ついつい肩や背が丸くなっての身が縮こまる、
寒いばかりな冬もそろそろ遠のく準備を始め。
日に日に陽の色が濃くなって、吹く風も甘くなり。
野辺や山辺に芽吹きが訪れ始めての、
春の気配が様々に、
顔を覗かせるようになって来た今日この頃。

 「いい匂いだねぇ。」

福寿草が咲いたのに続いて、
水仙や梅がほころべば、まずはシモツキ神社で梅の祭りが催され。
このお話では皆様へもお馴染み、そりゃあ見事な枝垂れ梅を筆頭に、
境内の様々な梅たちの咲きようを観ようとばかり、
街の皆様が楽しみにしてやって来る。
殊に、結構な樹齢を誇る真っ白な枝垂れ梅は、
その花のつきようが桜と見紛うほど豊かにしてたわわなので、
見物に来る人は大概、
ついのこととて刻
ときを忘れて見入ってしまうほどだとか。

 「そこから“時忘れの梅”なんて呼ばれ方をしてもいるとか。」
 「…それって、どっかで聞いたことのある名前じゃね?」(あはは…vv)

梅に限らずの“樹花”は、
陽や風の当たりようの差異などから、
最初の一輪が咲いたそれから、
あちこちの梢の蕾が順番に開くため、
長けりゃ1カ月はかかって楽しめるものであり。
ここの梅もまた、陽当たりや品種の別などから、
あちこちに点在するのが次々に咲くのを順番に眺める格好で、
なんと四月の初めまで楽しめるし、
一番人気の枝垂れ梅は、それ自体が結構花保ちがよく、
最初の開花から満開に至るまでと同じほど、
たわわな時期が保たれるとか。

 「それに比べると、桜は満開からがあっと言う間だよね。」

そう、桜だけは少々勝手が違う。
最初の1つ2つがほころび始めると、
途轍もない勢いで全ての花が競うように開いての満開を迎える。
一斉に咲き誇る桜花は、その練り絹のような緋白の濃密な重なりを、
奥行きの深さとそれから、
人の視線を吸い寄せてやまぬ蠱惑な佇まいをしていることから
“花の闇”と称されるほどでもあって。
そして、

  ―― 空間や余情という、何も無いところにも何かしらを感じ入る
      そんな和国の民族が こよなく愛した“花の王”は

最盛の頂点を兆すと、そのまま一気に散ってしまうことから、
樹花としては例外中の例外的に、
花の時期が驚くほど短いことでも知られており。
花吹雪などという描写をされるのもうなずける、
胸に迫って凄絶なまでの散りようは、何とも鮮やかで壮麗であり。
そこから、潔くも華麗な生きざまを表す花とされ、
武士道の美学などに喩えとして用いられもしたそうで。

 「いやいや、今年はまだ咲いてもないんだろうけどよ。」

まだ蕾も堅いだろうに、もう散るときの話とは気が早えぇなと、
話の輪の中、くすすと笑った少年の、
赤い格子柄の着物の背中には、麦ワラ帽子が下がってて。
ここ グランドジパングの、ご城下の治安を守る 捕り方の一人。
岡っ引きのルフィ親分といやぁ、
知らぬ者はないほどもの、町の名物、人気者。
お天気のいい日だと、駆け回る彼の細っこい背中を弾むように躍るそれ。
だが今は、大人しくも止まったままだ。
古ぼけて煤けた板張りの回廊の端、
所在なさげにお膝を抱えて座っているのは、
親分とそれから、相長屋の子供たちで。

 「…雨、やまないねぇ。」

さあさあと境内に降りしきるは、寒の戻りを思わせる冷たい雨。
もっと暖かい時期の雨なら、
磨ったばかりの墨のよな、土の匂いをつんと冴えさせるところだろに。
神社の境内で遊んでた彼らを、社の軒下へと追い込んだのは、
爪先指先、冷やさすばかりの無情の時雨。
その冷たさが雪のように音まで吸うものか、
辺り一面を灰色に塗り潰しての、
立ち込める梅花の香をのみ、より濃密にしてもいて。
朝から怪しい雲行きではあったけれど、
間近い桜祭りでご披露することとなっている、子供らの舞台ものの演目、
衣装だ小道具だの準備の関係もあって、早い目に決めなければならなくて。
ご近所の他の長屋の子供らも集めての相談ともなれば、
集合場所も不公平なしにと、こういう場所となってしまったのだけれども。

 「ウチの長屋からは一番遠くンなっちまったもんな。」

幼い子供が傘なんて上等なもの、
まだ降ってない前から持って歩けるはずもなく。
お開きになるのと前後して振り出した雨、
このくらいは平気だと駆けてった近所の子らを見送って、さて。

 「もちっと待てな?」

トナカイドクターのチョッパー先生が通りかかったの捕まえて、
後生だからと言伝てを頼んだ。
ウソップに言って、でっかい風呂敷持って来させてと。
それを合羽の代わりにし、此処にいるのが ひぃふぅみの5人だから、
そんくらいなら おぶっててやろうなと、
安心してなと約束したばかり。
風邪が治ったばかりの子がいるので、
この冷たい雨の中、濡れさして帰す訳にはいかなくてのこと。
暇を持て余してのお話はついつい、
この町の自慢、千年桜のことになりがち。
悪名高き犯罪一座が、文字通りの根こそぎ盗もうとしたほどの、
そりゃあ見事な桜の木。

 「こんな遠いとこからでも、ほら。枝振りの先っちょが見えるほど。」
 「あ、ホントだ。」
 「ああでもこんなに冷たい雨じゃあね。」
 「そうだね、少しほどほころんでた蕾も縮こまっちゃうね。」

そのまま咲かなかったらどうしようか。
せっかく決まった演目は、
我らがリカちゃんが お忍びで町娘に化けた姫様に扮するお芝居で。
ちゃんばらの場面もふんだんに取り込んでの、
なかなか面白い出来になりそうだったけど。
シメの場面にはどうしても、満開の桜という背景が要る。
ちょっぴり散り始めの花びらが舞ってたら、
ムードも満点と沸いてたのにね。

 「…大丈夫かなぁ。」

案じるように呟いたリカちゃんへ、

 「心配すんなって♪」

ルフィ親分がにっぱりと笑ってやって。

 「桜ってのはな、なかなか強い花なんだと。
  咲く前にうんと寒くなんねぇとはっきり目が覚めねぇくらいでな。」
 「え〜〜? それってホント?」

調子を合わせてるだけじゃあないのと、
物知りでおませなクチの男の子が訊き返して来たのへ、

 「本当だ。何せ、チョッパーが言ってたことだ。」

医術のセンセイってのはな、
薬や治療のことだけじゃあない、いろんな知識もなくちゃあいけねぇ。
そんな偉いセンセエの言ってたこったぞと、
誰の手柄へ胸を張っているんだか。
とはいえ、

 「そっか、チョッパーせんせーが。」
 「だったらホントだなvv」

………そう来るか、あんたたち。
(苦笑)
時雨の冷たさも何のそのと、明るく笑ってお迎えを待てば、
やがてばしゃばしゃと賑やかな足音がして、

 「すまねぇ親分。遅くなった。」
 「おお、ウソップ。」

長っ鼻の下っ引きくんが迎えに来たはいいけれど、

 「…何だそりゃ。」
 「ソリだ、ソリ。」

時々いろいろと発明とやらもこなすウソップが、
雨でも使えるソリを作ってたらしくって。
脚の部分はよくよくヤスリを掛けたものか、
雪の上じゃなくとも成程よく滑りそうだ。

 「しかも幌つき、その上、チョッパーせんせーが直々に引いてくれるって♪」
 「わあっ!」

おいおい いいのか、尊敬してた先生にそんなことさして。
(苦笑)
とはいえ、きっちりとトナカイフォルムに変身済みのご本人は、
やる気満々でおいでの模様。
彼もまた、風邪気味の子らを案じてもいるのだろ。

 「よ〜し、じゃあしっかりと送っててくれな。」

自分まで乗っかっては重かろし、何より見回りもあるからと、
木箱の親分みたいな雨ソリに乗り込んだ子供たちを見送って、
ルフィひとりが社に居残る。

 “………。”

ちらと見やったは、社務所前の枝垂れ梅。
さっきから雨の気配にも負けず、そりゃあ清かに香ってる梅花だが。
親分の関心は花より団子…もとえ、枝の方へ。
中ほどの枝に結ばれた赤いこよりがゆらゆらと揺れており、
まだあるってことは見に来てないのかと溜息が一つ。

 「…桜か。」

実はルフィも桜は大好き。
満開のあっぱれな様も好きだけど、
最近は、少し散り始めてる頃合いのがまた、
ふぜーがあっていいななんて思いもする。
少しの風にもはらはら散るのが、自然天然のストップモーションみたいで。
なんかこう、
時間が止まってるか遅くなってるみたいに見えるのが、不思議で不思議で。
そこだけゆっくり、
ふるふる震えて舞う花びらと一緒に、
陽も風も手に取れそうなのに…やっぱり捕まえられないのが、何だか不思議で。

 “なんか、ゾロみてーだよな。”

こんな雨の日は托鉢に出ても意味ないからって、どっかで雨宿りかな。
こっちからはなかなか捕まらない不思議な坊さん。
雨、早くやまねぇーかなぁと、
そしたらどっかからひょこり、出て来そうな気がするし。
膝小僧を抱え込み、庇からポタポタ落ちる雨垂れを眺めてる麦ワラの親分さん。
も少ししたら、あのね?
ほっかほかの焼き芋抱えて、
墨染めの衣を着た誰かさんが通りかかるつもりらしいから。
それまでもうちょっと、待っててやんなね?


  春は気まぐれ、行ったり来たり。
  待ち遠しいけど もちっと我慢。
  待った分だけきっともっと、嬉しい出会いになるから、ね?





  〜Fine〜 08.3.20.



  *いきなり寒の戻りですか?
   まだ彼岸が済んでないからそんな言い方はしないのでしょうか。
   恨めしくなるほどの寒い雨になったんで、
   冗談抜きに風邪がぶり返しかけました。
   ただでさえ色々と不自由な身になってるってのにと、
   ぶうぶう文句たれつつ、午前中は布団にもぐってましたが、
   何とか頑張って机に向かってみました。
   早く春めき気配が安定してほしいもんです。


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